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岐阜県は、東海地区の3県のひとつであります。日本のほぼ中央に位置します。県庁所在地は岐阜市です。この「岐阜」と言う名称は戦国期に、一説には織田信長によって「岐山」と「曲阜」から命名されました。「太平と学問の地であれ」と、言う願いが込められたと伝えられています。地形は、内陸部の美濃地方と山岳部の飛騨地方に二分されています。内陸部では、製造業や繊維工業。山岳部では、林業や陶磁器産業が主幹産業となっています。また、飛騨山脈や白山一帯が全国屈指の山岳景勝地であって、名湯「下呂温泉」や「奥飛騨温泉郷」があり、特色ある温泉地でもあり県内外から多くの人が訪れる保養地でもあります。

岐阜県の地名由来
県名は、県庁所在地の名称とされています。この地は、古来「井口」と呼ばれていたが、1567年に当時「井口城」や「稲葉山城」を織田信長が陥落して、「岐阜」に改称されました。正式な改称時期としては、「井口を改めて岐阜とする」とした1575年とされています。命名者については、織田信長が命名したとする説や尾張の政秀寺の僧侶(沢彦宗恩)が命名したとする説などがあります。この地名になった由来についても諸説が多々ありますが、下記の二説が通説となっています。
1.中国で縁起の良い地名と言われる、「岐山」「岐陽」「岐阜」の中から選定したとする説。
2.「岐」は「周の文王が岐山より起こり、天下を定む」という中国の故事にちなみ、「阜」は孔子の生誕地「曲阜」から、太平と学問の地となるようにという願いからとする説。
の二説が有力視されています。しかし、『梅花無尽蔵』には「岐阜陽」、『仁岫録』には「岐陽」と記されていて、織田信長が改称する前から、僧侶の間では「岐阜陽」、また略された「岐阜」や「岐陽」と呼ばれていたという説もあります。

岐阜県の歴史
岐阜県は、古来、壬申の乱など、数多くの合戦の舞台となった日本の中心地とされています。飛鳥時代は、美濃は土岐氏が、飛騨は京極氏が守護を務めていました。しかしながら、戦国時代には、斎藤道三が美濃を支配していましたが、織田信長に滅ぼされ、以来、織田信長の拠点として全国的に脚光を浴びました。1600年、天下分け目の合戦として知られる関ヶ原の戦いがあり、徳川家康が江戸幕府を作る大きな節目となった戦いで義務教育で教えられているくらい重要な戦がであったことは、言うまでもありません。そして、江戸時代には、美濃は小藩に分割され高山は天領となり、木材や鉱山で活況を呈しました。その後、明治維新になると美濃は、岐阜県。飛騨は高山県。その後、合併して現在の岐阜県となりました。


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